東海大学医学部基礎医学系分子生命科学 School of Medicine, Tokai University
Pronuclear Injection-based Targeted Transgenesis (PITT) 法
1980年にGordonらによって受精卵への顕微注入法によるトランスジェニックマウス作製法が開発されましたが、この方法の欠点はトランスジーンが複数コピーでゲノムに挿入されることが多く、その挿入位置もコントロールできないことであると言えます。その結果、導入遺伝子の発現にばらつきが生じたり、他の遺伝子を潰している恐れもあるため、複数系統のトランスジェニックマウスを樹立して調べる必要性がありました。これを回避する手法としては、ES細胞内での相同組換えを利用した遺伝子ターゲティング法がありますが、顕微注入法と比較してトランスジェニックマウス系統が確立されるまでに多くの時間、コスト、労力を要することとなります。
RMCE法。PITT法では受精卵でこれを行う。
そこで私たちは、マウス受精卵への顕微注入法にCre-loxP部位特異的組換え系を応用することにより、狙った遺伝子座位へ目的遺伝子を導入するトランスジェニックマウス作製法、”Pronuclear Injection-based Targeted Transgenesis (PITT法)”を開発しました(Ohtsuka et al. 2010)。 PITT法は、Cre-loxPシステムに基づいたRecombinase-mediated cassette exchange (RMCE) 法をin vivoに応用したものです。これまでにPITT法を用いて多数のトランスジェニックマウス系統を樹立していますが、ほぼ全て期待通りで再現性のある導入遺伝子発現パターンを示していました。例えば、図の各種蛍光遺伝子トランスジェニックマウスは、全てが全身で安定した蛍光遺伝子の強発現を示していることが明らかとなっており、各種移植実験などに用いられています。これらの一部は理研BRCから入手可能です。
開発当初の2010年の段階では、その導入効率は4-5%でした。ファウンダーマウスの90%以上で次世代への導入遺伝子の伝搬が確認されています。また、本手法を用いて再現性のあるノックダウンマウス作製も可能であることも示しました。従って、従来のトランスジェニックマウス作製法と同様の労力で実行可能であるPITTシステムは、導入遺伝子発現の再現性の高さからも次世代型のトランスジェニックマウス作製法として期待されるものでした(Ohtsuka et al. 2012)。
improved PITT (i-PITT) 法
PITT法により期待通りの遺伝子発現を示すトランスジェニックマウスが再現性良く得られることが分かりましたが、トランスジーンの挿入効率の低さや、マウスの遺伝的背景が統一されていないなど、改善すべき点も残されていました。そこで私たちは、これらの改善に取り組んできました。遺伝子挿入効率については、それまでプラスミドDNA(Cre発現プラスミド)として注入していたCreをmRNAとして注入することで、約20%程度にまで上げることに成功しました(Ohtsuka et al. 2013)。
マウスの遺伝的背景については、C57BL/6N系統の種マウス(変異loxP配列等のタグを既知のゲノム配列[Rosa26座位]中に有しているマウス)を新たに作製することによって解決しました。この新規種マウス(TOKMO-3マウスと命名)には、変異loxP配列の他に、PhiC31インテグラーゼ認識配列であるattP配列や、FLP-FRT部位特異的組換え系に用いられる変異FRT配列も同時に付加されています。これにより、複数の組換え系から好きなものを選んで使用できるようになりました。また、複数の組換え系を同時に使用することで(例えば、Cre mRNAとPhiC31 mRNAを混合して注入するなど)、組換え効率(遺伝子挿入効率)が更に向上することを見出し(平均20〜30%程度)、これをimproved PITT (i-PITT) 法と名付けました。さらに目的遺伝子を有するドナーベクターを複数種類混合して注入することで、複数のトランスジェニックマウス系統を1回の顕微注入実験で得られることも分かりました(Ohtsuka et al. 2015)。
Genome-editing via Oviductal Nucleic Acids Delivery (GONAD) 法
PITT法のところで説明しました顕微注入法は、受精卵に核酸(遺伝子あるいはCRISPR/Cas9系などのゲノム編集ツール)を導入する遺伝子改変動物作製のための代表的な技術です。顕微注入法を実行するには、マイクロマニピュレーターなどの高価な設備や熟練した高度な技術が必要でした。 そこで私たちの研究室では、従来法では必須であった 1)受精卵の単離、2)受精卵への核酸の顕微注入、3)核酸注入胚の偽妊娠マウスへの移植、の煩雑な手間を省いて遺伝子改変マウスを作製できる新たな手法論(GONAD法)を開発しました (図: Takahashi et al. 2015)。 具体的には、妊娠雌マウスの卵管に核酸を注入して電気穿孔(エレクトロポレーション)を付し、卵管内に存在する受精卵に核酸を導入して遺伝子改変を行うものです。この方法を用いて、実際にゲノム編集マウスの作製に成功しています。これは、体外に胚を取り出すことなく遺伝子改変マウスを作製可能な世界初の技術であり、マウス以外の各種生物 (例えば、ブタやウシ、ラットなど) への応用も期待できます。顕微注入法などの熟練した技術や高価な装置を持たない多くの研究者に個体レベルでの遺伝子改変を手軽に試みる機会を提供するものとして、画期的な技術であると考えられます。
GONAD法
improved GONAD (i-GONAD) 法
GONAD法は、その後、実験を行う時間帯とゲノム編集試薬の最適化を図ることでその高効率化に成功し、現在は「improved GONAD (i-GONAD)法」と呼んでいます。様々な種類の遺伝子改変マウス(特定の遺伝子を破壊したノックアウトマウス、遺伝子に微細な変化を導入したマウス、外来遺伝子を挿入したノックインマウスなど)が「i-GONAD法」を用いて作製できます。
Efficient additions with ssDNA inserts-CRISPR (Easi-CRISPR) 法
CRISPR/Cas9ゲノム編集系については、如何に効率良くノックインできるかが大きな課題の一つであり、世界中の研究者が様々な工夫を凝らして高効率ノックイン法の開発を試みています。私の研究室では、CRISPR/Cas9系を利用して目的DNA断片を効率良くゲノムへ挿入(ノックイン)可能な独自の技術(Easi-CRISPR法)を開発しました (Miura et al. Sci Rep 2015, Nat Protoc 2018, Quadros et al. Genome Biol 2017)。これまで、目的DNA配列の両端にCRISPRによる切断領域に相同な塩基配列が付加された一本鎖DNA (ssDNA)を同時に供給することで、目的DNAを効率良くノックインできることが知られていましたが、入手可能なssDNA長の上限は200塩基でした。私達は、古典的な分子生物学的手法を応用して200塩基以上の長いssDNAを合成する新しい方法 (in vitro Transcription and Reverse Transcription [ivTRT法])を開発し、それを用いた高効率ノックインシステムであるEasi-CRISPR法の開発に成功しました。Easi-CRISPR法を用いると従来の効率(〜10%程度)を大幅に改善(〜83%)できることが分かっています。この方法はノックインマウス作製のみならず、遺伝子治療等を含めた様々な研究分野への応用が可能な汎用性の高い手法となると期待されます。